インタビューvol. 31 石原安野さん「シンプルに向かう」

2017年に自然科学分野で優れた業績を挙げた女性科学者に贈られる猿橋賞を受賞し、そして2019年度(第65回)の仁科記念賞の受賞が決まったニュートリノ天文学者の石原安野さん。見えないものを見つける、まだ見つかっていないものを見つけ出す面白さについて伺いました。

研究者は何?

ーー子どもたちに「研究者って何?」ときかれたら、どう答えますか?

大学での業務などを置いておいて、研究者として何に対してお給料をもらっているのかと考えると、まだ他の人が知らない新しいことを発見して、それを論文にしたり発表したりして、まだ知らない人に戻すというループをすることに対してかなと思います。趣味の研究ではなくプロの研究者なので、自分が面白いと思うことを研究して、面白かったことを人や社会に戻すということが役割です。

ーー面白いことは常に見つかるものですか?

面白いことというのは、ぱっと見つかるわけではなくて、まず誰が何をしているのかということをよくわかっていないと見つかりません。いままで誰かがやったことをやるのは、プロの研究者の研究ではなく、勉強になってしまいます。

自分の研究に関係のありそうなことでいま何が起きているかということを論文で読んだり、他の人の話をきいたりします。その中でずうっと考えていると面白いことが浮かんできます。

普段の研究の多くはコンピューターの前で、こういう計算をやってみようと試行しながらやっていますが、学会やセミナーなどで話をきいていると、何かぼやーっとした研究のイメージが沸いてくる感じがします。私のテーマとは全然違うのに、普段考えていることに他のもう一つの要素が入ってきます。それはもともとある自分がやりかけている仕事の道標が浮かぶという感じです。

えないものを研究する

ーー見えないものを研究することは、どんな感じですか?

見えるものではなく、見えない法則を研究することが物理です。法則というのは目には見えないものですが、研究していけばいくほど、共通事項が見つかっていって、だんだんひとつに収束していく感じです。

ーーそれは数字がベースで収束していくのですか?

たとえば素粒子だったら、始めのスタート地点として、世界にはいろいろな人がいて、さまざまな植物や生き物がいて、豊かな世界があります。それをどんどん、どんどん小さくしていくと、最終的には17個の素粒子に収まってしまうんです。収束するということはそういう感じですね。

法則は山程あり、一つひとつ、違う法則のもとに動いていそうなのですが、だんだん突き詰めていくと、残る法則は、そんなにないんです。だんだん溶け合って落ち着いていきます。法則が分かれば分かるほど、収束していく感じがあります。

ーー収束して行けば行くほど、シンプルになるということですか?

そうですね、シンプルになっていきます。「本当に基本的な法則は何なのか」というところに突き詰められていきます。私たちはきっとそれを目指しているのだと思います。

ーーその一番のシンプルな法則はまだ見つかっていないのですよね?

そうです。そして私は見えないからこそ物理に惹かれています。

ーー物理を始める前から、見えないものの面白さに興味がありましたか?

先日、自分の背景を考えていたときに思ったのは、自分の中で何が面白いかと言うと、「いままで気づかなかったことに気づくこと」なんです。目に見えないからなかなか気づかれにくくて、隠されている存在。でも気づいてしまうと、そこにあるとしか思えないものなんです。

「無い」から「有る」へ

見つける前と後だと、見えていなかったものが見えるようになるという、ビッグチェンジがあります。私はそのビッグチェンジを求めているんです。

人生にとって大きな発見だったら、それを知る前と知った後では、人生が変わってしまいます。目に見えないものを知る前と、発見した後で、「無かったもの」が「有る」に変わる。その面白さを物理に一番感じています。

ーー研究者になって、物理を研究するようになって、ご自身の成長や変化はありますか?

これがまたあまり成長はしていなくて(笑)。結構子どもの頃から変わっていない方だと思います。小学校の頃から大人ぽいね、しっかりしているねと言われていたのに、大学生くらいで周りに抜かされてしまいました(笑)

本当だったらもうちょっと大人になっているべきなのに、あんまり変わっていないんです(笑)。いま、子どもが5年生ですが、子どもがやっていることを、どちらかというと「そうそう!わかる〜」という感じで見ています。子どもがいつまでもダラダラしていたら、「わかるわかる!私もそうだったよ!」と思うのですが、口では親として「もうちょっと早く起きて片付けて」と言っていたりします(笑)。

子どもの頃からかかえている気持ちが変わらないという意味では、なかったものが見えるようになることへの思いや、高校の物理の授業に感激したりする気もちも、いまも子どものときもあまり変わっていません。

そして私の出会う限りは、子どもみたいな研究者は多いなと思います。あんまり効率などを考えずに自分が面白いと思ったことをやっている人が多いですね。

研究は前に誰かがやっていたら仕事にならない。誰もやっていないことをやるというのが楽しいです。常に新しいことを考えていて同じことの繰り返しはないので、飽きっぽい人にこそむいているんじゃないかと思います。

誰もやっていないことを

ーーニュートリノ自体は見つかっていますが、ニュートリノのシンプルな法則にたどり着くかはわからないものですよね? 何十年も見つからないかもしれないものを探し続けているというのは、先が見えるような、見えないような…。

宇宙のことをもっと知りたいと思ってやっていますが、我々が望んでいるような、答えというのは見つからないかもしれません。我々の人生の20〜30年なんて、学問や研究の中では短い期間です。

でも30年分の研究成果というのは残るので、それを引き継いでまた次の30年を次の研究者が続きをやってくれて、100年後か200年後にたどり着くといいなと思っています。今日やって、3年後に結果が出るというような世界ではないですね。

ーー気が長い人が多いのですか?

それがね、みんなせっかちなんですよ(笑)。私も普段はのんびりしていますが、研究の中では、すごいせっかちです。

最終成果みたいなものは、500年後か1000年後かもしれませんが、何かひとつでも、自分だけが初めに知る発見というのは、常に目の前に小さな人参がぶら下がっているような状態なんです。

あれも知りたいし、これもやりたいというのは、細かく見たら毎日あって、本当にぼーっとしている暇もないくらいやるべきことは目の前に浮かんできます。あれもこれもやらなくては、という感じです。目の前にはものすごくいっぱいやりたいことがあります。やりきれないのではないかと焦るくらいです。

新しいプロジェクト

ニュートリノの新しい検出器のアイデアが頭に浮かんできたのは2013年くらいでした。試しにつくるにはお金がかかります。できるだけお金のかからない予備実験をして、予算を申請して、それが降りたら、その予算をうまく配分してプロトタイプ的な検出器をつくります。それができたら、もっと大きな規模の予算を取り、最終的に南極で建設できるように整えていきます。

小さいプロジェクトという意味では、試験用のケーブルを100本つなぐ、とか材料の不純物をどう取り除くかなどがいっぱいあります。計画に10年、結果が出るまでにはさらに少なくとも 数年がかかるので、いろいろなスケールのことが同時に動いている感じです。

2013年に新しい検出器のアイデアが浮かんで、実験室でアイデアを実現するための方策を考えて、その考えが認められて2016年にデザインプロトタイプ用の予算がついて、さらにその成果が認められて去年の5月に次のステップに向けたもっと大きな予算がつきました。これから検出器の本格的な製造を行い2022年に南極に埋める予定です。それを失敗しないでやりとげるということがいまの日々の大きな仕事です。

いま私が抱えている予算は数億円規模。それを着実にサイエンスを前に進めるために要領よく使うのは、本当に大変なことなんです。

だからひとりの物理屋さんとして、宇宙のことを知りたいということもあるし、いまは現実的に予算の責任者でもあるので、それを1円も無駄にせずに、失敗せずに動かさなくてはなりません。できたものが動かなかったら悲惨なのでプレッシャーもありますね。

ーー研究の視点と経営の視点のどちらも大切なんですね。

その2本軸が大切です。自分の中でも脳みその違う部分を使っている感じです。実験を成功させようと思ったら、両方を扱えることはとても重要です。アメリカではプロジェクトマネジャーを置くので、100個も200個もある工程を管理できるような人が監査役的に企業や研究所から来ます。日本では予算の管理や進行状況の確認も全部自分たちでやります。

いまは検出器をつくっていますが、つくったものをコンピューターの中で再現させなくてはいけません。最終的には現実社会でつくったものがコンピューターの中でもつくられなくてはいけないんです。そこで初めて私たちは検出器を理解しているといえます。

コンピューターを動かして出る結果と、実際に検出器を使って観測する結果が同じでないといけない。そこまでやらないと物理にはつながりません。検出器をつくるだけではなく、物理につなげようと思うとその部分が重要になってきます。限られた時間の中でいかに目標に達成するかという戦略的な部分が必要になりますね。

ーー楽しいですか?

すごく楽しい。でも私が一番楽しかったのは、アイデアが浮かんで検出器のプロトタイプをつくっていたときです。いまはマネージメントまでいろいろとやらなければいけなくて大変なこともありますが、完成に近づけば近づくほど、わくわくします。

いま自分が楽しいことを

ーーサイエンスを前に、という想いは強いですか?

サイエンスを前にというよりは、自分ができることを楽しくやっていこうという気持ちの方が強いです。最終的にサイエンスを前に進めることにつなげられるかどうかは運もかなりあるので、あまり私が気にしすぎてもどうしようもないことのような気がします。

私は自分がいまできる、やりたいこと、知りたいことをやる。それが結果的にサイエンス全般に寄与したら嬉しいけれど、それがどうなるかは、後世になって判断を仰がないとわからないことなので、いま焦ってもしょうがないんです。

私は「自分が見たことがないものを見たい」という想いが中学生くらいのときからあって、世界は自分が見えているものが全てではないと勝手に思っていました。もっと見たことのない世界を見たいという気持ちが強くありました。

ーー何がきっかけだったのですか?

特にはっきりしたものはなくて、昔から本を読んだりしていた影響でイメージが育っていまきました。それが物理なのかかどうかはわからなかったし、物理につながるとは限らなかったのですが、物理の本を読んだときに、面白いなと思ったんです。難しいし、頭がいい人がやるものだろうから、自分が目指すものではないと思っていました。

でもあるときに物理を専攻している大学生と話していたら、勉強するくらいまではやってみてもいいかなと思い、ちょっとずつ物理に近づいて行きました。

そんなときに、高校で素晴らしい物理の授業に出会いました。「そうそう、私もそう考えていたんだよ」と腑に落ちて、楽しかったんです。

宇宙の方がシンプル?!

小さい頃に持っていた進学についてのイメージは、「本が好きだから文系かな」くらいなものでした。ただ一つはっきりしていたのは「人間」については考えたくないということなんです。

人間が相手だと、考えきれないくらいいろんな要素が入ってくるので、あまりにもコントロールできない気がして…。人間というのは、とにかくコントロール不可能だから、研究や勉強の対象にしたくないと思っていました(笑)

ーー宇宙の方がコントロールできそうですか?

宇宙の方が完全にコントロールできそうな気がします。ひとりの人間をコントロールするよりも最終的に宇宙の法則の方がずっとシンプルに説明できます。だからずっとそっちの方が安心感があります。

人間を仕事にするって考えただけですごく大変そうで、わたしは避けた方がいいと思っていました。そう考えたら、私にはやっぱり物理だなーと思います。物理も初めは複雑で難しすぎるように見えますが、不定要素をそぎ落としていくことができるのでシンプルなんです。

ーー宇宙も人間も素粒子でできているというのは、素敵ですね。

結局はみんな素粒子でできているので、宇宙のことを研究していても、自分のことを研究していると感じています。

(インタビュー:寺中有希 2019.10.02)

プロフィール:

石原 安野(いしはら あや)

千葉大学グローバルプロミネント研究基幹/大学院融合理工学府 ハドロン宇宙国際研究センター教授。

1974年生まれ。

1993年自由の森学園高等学校卒業、1998年東京理科大学卒業、2004年テキサス大学大学院博士課程修了。

2005年より南極点の国際共同ニュートリノ観測施設「IceCube」実験に中心メンバーとして参加。

2012年、世界で初めて高エネルギー宇宙ニュートリノ事象を同定することに成功、翌年に宇宙線・粒子天文物理学分野では日本人初の国際純粋・応用物理学連合の若手賞受賞。

2017年、自然科学分野で優れた業績をあげた女性科学者に贈られる猿橋賞を受賞。

千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 

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リーフレット:「にゅー」と「リノ」のニュートリノなある日の午前1時