インタビューvol. 35 前野隆司さん・マドカさん 「幸せの一歩を踏み出す」


幸福学の研究や実践をされている、前野隆司さんと前野マドカさん。前野隆司さんがみつけた「幸せの4つの因子」を、私たちは生活の中でどのように生かしていくことができるのでしょうか。前野ご夫妻に幸せのお話を伺いました。

自分を知る

ーー幸福学の記事や本を読ませていただいて、幸せを感じるということは、いまの自分に気づくということが大事なのかなと感じました。

前野(隆司):結局自分のことをよくわかっている人は幸せなんです。別の言い方をすると、視野が広い人は幸せで、狭い人が不幸せだという結果もあります。

自分の特徴を理解して、あるいは自分が社会の中でどう振る舞うことが適切かということがわかっていれば生きやすいので、幸せというのは「自分を知ること」と「世界を知る」ことが整っていくことだと思います。

(前野)マドカ:日々生活していると、気になってしまうことや自分がうまくいかなかったことに捉われがちです。そういうときに「視野が広い方がいい」ということを知っていれば、「いま私は狭くなっているから、俯瞰して見てみよう」と考えてみることができます。そう考えられれば、違う考え方で違うアクションを取ることができるので、そこからすっと抜けられます。私にも皆さんと同じように、いろいろなことが起こっていますが、その度にそんな風に思考を使って切り替えています。

ーー幸せについては本の中で「前向きに」などと書いてあります。私は何かがあると、悪い方に考えたり、できていない部分が気になるタイプなんです。頭では幸せの4つの因子もわかるけれど、「視野を広く」と言われたら、広く見られないから苦しいんだとつい思ってしまいそうです。

マドカ:私はどちらかというとポジティブなタイプですが、振れ幅はあります。とにかく常に意識して、小さなチャレンジでもいいからやってみて、努力して意識することで変わってきたという自負はあります。自分で自分を応援することを意識しています。

ポジティブに支え合う社会

前野:これまでは個人の話でしたが、日本の社会にも課題があると思っています。日本は非常にネガティブで慎重な社会を作ってきてしまった面があります。例えば「お疲れ様です」という挨拶がありますが、アメリカなどは「How are you doing?」に対して、昔は「Fine」でしたが、いまは「Excellent!」「Incredible!」(=最高だぜっ!)と言ったりします。そう会話し合うのと、「疲れてますよね」「疲れてます」と言い合うのでは大きく違います。

アメリカがすべていいとは思いませんが、そのポジティブさには個人も学ぶべきだし、社会全体で学び、みんなで支え合うといい。「あなたのここがダメだ」ではなくて、「ここがいいね!」とみんなでがんばって褒め合えば、前向きなループに入れると思うんです。

健康の場合と同じように、幸せについて日本人がもっとちゃんと理解すれば、もっともっと幸せになれると思うんです。

知ることで楽になること

ーー前野先生はネガティブな方に振れることはありますか?

前野:ありますが、最近は少ないです。風邪を引かないよう気をつけていると引きにくいのと同じように、幸せを意識しているとあまりネガティブになりません。

ネガティブになるのは、人間関係や仕事がうまくいかないときが一般的に多いですよね。それに対しては事前にケアするので、最近はほとんどないですね。年に1回ぐらい少し落ち込みますが…。

マドカ:(前野さんは)365日、「ただいまーっ!」と、元気に帰ってくるんです。こんなに忙しくて、びっしり予定が入っているのに、疲れないの?と思うくらいです。自分の夫ながらすごいなぁと思います。

ーー疲れないのですか?

前野:疲れないです。今日も仕事がびっしり入っていますが楽しいです。このインタビューも仕事ですが、楽しい対話です。嫌なことがあったら疲れますけど、その疲れのほとんどは精神的なストレスです。嫌なことがあったら、対処して解決して終わりにして、元に戻るようにしていれば疲れません。

本当に信頼できる人がいて話せるといいですね。敵と戦うのにひとりで戦うと疲れますから。仲間に話して、「いや大変だったね、でも間違っていないよ」と言ってもらえるだけでも、疲れは相当減ります。

本当のちからを発揮する

ーー人と比べることで幸せから遠のいたり、自分のことをうまく知ることができなくて、幸せを感じられないこともあるのではないでしょうか。

マドカ:普通に生活してると、どうしても比べてしまいますよね。それで自分で自分を苦しめていることがたくさんあります。

私はずっと家庭で子育てだけをしていた時期があり、社会に出始めたときに、あまりにも皆さんが素晴らしく見えてショックを受けました。でもその度に夫に、マドカのいいところはこういうところで、人と比べる必要は無い、自分を信じてやっていけばいい、と言われました。私は私としてがんばろうと思えました。

前野:人から見たらよさが分かります。不幸な状態というのは視野が狭くなって見えなくなっている状態ですが、周りからみると、「いやいや、こんなにいいところがあるのに」とわかります。(マドカさんが)社会に復帰した頃、「私はキャリアもないし」と言っていましたが、「子育てというすごいキャリアがあるじゃないか」と思うんです。

自分はダメと思っているとき、自分のいいところが見えなくなってるんですよね。そこをちゃんと思い出せば、本当はみんなもっとちからを発揮できるのに、ついつい人と比べてしまいがちです。

「幸福」という言葉に対する想い

ーー幸福学を違う言葉にするとどうなりますか?

前野:学術的には「Well-being study」と言われています。ウェルビーイング=良い状態、心と体のよい状態についての研究です。

「幸福」という言葉がすごく方向性を持っているので、学術には馴染みにくい面があります。「人々は幸せになるべきだ」と考えるのは、全体主義と似ています。ドイツが一番だというのと近いのです。科学には客観性が必要なので、「人が幸せになるべきだ」と言った時点で、何かイデオロギーのような匂いがしてしまうという抵抗感があるのです。

だから幸福学というのは、批判されることがあります。物理学はどちらがいいと方向性を示していませんが、幸福学は、「幸福、不幸」という2つの尺度を持っている学問だということに抵抗感のある研究者もいます。

だから「心の状態学」とした方が本当はいいのでしょうけれど、でも僕はあえて幸福学と呼んでいるんです。「幸せ」というと、「宗教ですね」と言われるのを打破するには、あえて真っ向から言って、学問としてちゃんとやるべきだと思っています。怪しい雰囲気を「幸せ」という言葉からなくすことが人類のためにいいんだと、僕は思ったので、あえて「幸福学」という言葉を使っているんです。

幸福学の矛盾

ーーウェルビーイング、ありのまま、あり方という言葉が流行っていますが、「そのままでいいんだよ」という部分で止まっていることもあるのではと思うのですが。

前野:幸福学の矛盾というのが実はあります。「全ての人はそのままでいい」というのはある面正しいけれど、でも幸福学から見ると、「そのまま」にも色々あって、やっぱり「よりよいそのまま」である方がいいんです。だから、「ありのまま」は、「そのままでいいですよ」というのと、「本当はこっちの方がいいですよ」というのと、両方の意味を含んでいます。

「いまのままでいいですよ」というときの「ありのまま」と、「その人の持つ本当のありのまま」というときの違いです。矛盾した両方が両立している点が幸福学の難しいところです。

幸せを目指そうとする人は幸福度が低いという研究があります。つまり僕は幸福学をやるといいですよと言っていますが、でも意識しない方がいいですよというのが正解なんです。これがまさに伝えにくいところです。幸福学なんて胡散臭いとか、抵抗感があるというのに対してどうアプローチするかは非常に難しい課題です。

「幸福学じゃないですよ」と言って近づいたら嘘だし、「幸福学ですよ」と言った時点で、本当は方向性がない面もあるのに、あるように見えてしまうのも困る。ここはずっと持ち続けている課題です。どうやってみんなに抵抗感なくこっちに向いていただけるか…。

ーーこっちというのは?

前野:幸福学を理解し、幸せになる方向に、抵抗感なく向かってもらうことです。ちょうどいい位のストレスを感じながら、よりよい人生を成長しながら生きていくことです。そういう意味では、幸福学は人間成長学であるという言い方もできますね。

あなたがいてくれて

ーー幸せになることについてもっと知ってもらうにはどうしたらいいのでしょう?

前野:その人の心をこじあけようとすると、「君はもっともっと頑張るべきだ」となってしまいます。それはダメなんです。

マドカ:素直じゃない人、何を言っても全部裏を取る人がいますよね。人は疑い深いというか、どうしてもそういうところがあります。すごく伸びていて幸せそうな人は素直な人が多いなと思います。

前野:オープンであることが大切ですね。殻がある人は、成長なんていやだとなっている状態です。基本は、みんなが言いたいことを言えて、自由に尊重し合えるということです。

能力や成長に関係なく、「あなたがいるだけで僕は幸せなんだ」ということが全ての人に伝わるべきです。まずはそこからですよね。「あなたがいてくれてよかった」ということ。まずそういう場をつくってみたら、人はそこからちょっとずつ、じゃあそっちへ行ってみようかなとなるのではないでしょうか。

4つの因子の両端にある意味

ーーすごくシンプルなことなのですね。

前野:そうなんです。シンプルなんです。「おはよう!」「ただいま!」などもそうです。そのひと言が本当にシンプルですが大切です。幸せを分析すると、4つの因子が出てきました。「やってみよう、ありがとう、なんとかなる、ありのまま」です。それぞれの因子には、初心者版と最高峰版があります。その人の状態によって語りかけは変わります。

幸福度の低い人、元気がない人に対しては、「やってみよう」は、小さい事をほんとちょっとでいいから毎日、ぜひやり続けてくださいという意味です。ペンを持って線を一本ひくだけで面白いよと。一方、元気な人に向けては、「世界を変えようよ一緒に!」なんて強い言葉にもなるんです。

「ありがとう」は、感謝できない人には、まずちっちゃなことに感謝してみようよという意味です。感謝できる人には、「世界中の全てのものに感謝!」という悟りの境地になります。どちらもあるんです。

究極の課題に挑む

前野:幸福学の課題は、人類の課題と一緒なんです。戦争のない平和な社会をつくればいいと、みんなわかってるんです。それは個人の課題ではなく人類の課題です。みんなが悪いことをし合うのではなくて、仲良くすればいい。なのに、何千年も何万年もかけても、人類はそれをできていない。だからまだ、みんなが幸せになるための最適な答えは見つかっていないんですよ。もちろん僕も模索しています。

ーーそういう課題に幸福学はちからになると前野さんは思っているのですね。

前野:ひとつの理論体系ですよね。要するにお互いが尊重しあって感謝しあって、みんなでそれぞれのやりがいを拡張する。これがちゃんと世界のみんなに伝われば、世界の平和につながると信じています。まぁ壮大ですけど…。

ロジックとしてはそうなんです。僕が生きている間に実現できるかどうかはわかりません。しかし、みんなが解けると考えて進めば、人類の課題は解けると信じています。

(インタビュー:寺中有希 2020. 1.10)


プロフィール:

前野マドカ
EVOL株式会社代表取締役CEO。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属システムデザイン・マネジメント研究所研究員。国際ポジティブ心理学協会会員。サンフランシスコ大学,アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。幸せを広めるワークショップ,コンサルティング,研修活動及びフレームワーク研究・事業展開を行なっている。著書に『月曜日が楽しくなる幸せスイッチ』  『ニコイチ幸福学』がある。

前野隆司
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授兼慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長。。東工大卒。東工大修士課程修了。キヤノン株式会社,カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow,ハーバード大学Visiting Professorなどを経て現職。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』 『思考脳力のつくり方』 『幸せのメカニズム』 『幸せの日本論』 『幸せな職場の経営学』など多数。幸福学の第一人者。