インタビューvol. 3 田中裕幸さん「実行型市民の育成を目指して」


アウトワード・バウンド(OB)はプロジェクトアドベンチャー(PA)のもとになったプログラムで、PAアメリカのスタッフにはOB出身者が多くいます。18年ぶりにアウトワード・バウンド・ジャパン(OBJ)に復帰をした田中裕幸さん。さまざまな形で青少年育成に関わってきた裕幸さんにこれから必要とされる力などについて伺いました。

自己信頼

田中:僕は昔、OBJから独立して団体を立ち上げたときから「for self establishmentー自己確立のために」ということをテーマにしています。「自分がどう在りたいか」ということです。

子どもたちには自己決定や自己責任みたいなものをちゃんと問いかけていきたいし、それがちゃんと育まれて最終的には「自己信頼できる状態」になって社会に出て行って欲しいなと思うし、それがアウトワード・バウンドの理念である「出航準備」ではないかと思っています。

「自己信頼」と言うと「自己有用感」「自尊感情」みたいなイメージで思われるかも知れませんが、OBJの「自己信頼」とは、「責任と主体性」の両方です。自分勝手だったりとか対自分だけの問題ではなくて、社会に対する責任をちゃんと果たせるということでなければ自己信頼とは言えません。

最初にOBJに入ったときは、「実行型市民の育成」というOBJの言葉に惹かれて入りました。

3年間サラリーマンを経験したときに、なんで呑んで愚痴を言ってるのか凄く不思議でした。裏で言わずに会議で言えばいいじゃないかと思って、すごく嫌な感じがしていました。だから組織の中で生き生きとできる、組織の中での自由人みたいなものを育成したいなという思いはありました。

ーーいろいろな所で組織づくりに関わる中で、自由人みたいなことを実現できたなという実感のある場所や時代はありますか?

田中:OBJの初期はそうだったと思います。一番最初にOBJに入ったときは7年位いましたけど、みんな平気で喧々諤々と議論していました。

組織がそういう組織だったかと言われると、そうではなくて個々のパーソナリティかもしれないですが、すごく魅力的な人間がいっぱいいました。いろいろなことをやってみて面白かったですね。作り上げている草創期の面白さもあるでしょうね。

ただ現実社会と乖離してるのはすごく感じました。長野の山奥で霞を食っているような…。当時、青少年育成だけでは食べていけなくて、企業研修をもっとやらなければならない状況だったのですが、そのことに抵抗感を持つメンバーもいました。言葉を選ぶのが難しいんですけど、社会的存在ではないのかなという気がしないでもない。

だから僕はOBJから独立するときにNPOではなく有限会社にしました。市場経済の中で成立しないのなら要らないということなのではと思っているところがありました。世の中に必要なものならちゃんと買ってもらえればいいという傲りみたいなものがきっとあったんだと思うんですけど。

問い続けること

ーーPAJの20周年のシンポジウムで登壇していただいたときは、「自分で自分のことを価値づけられる、意味づけられる」ということを話してくださっていましたが。

田中:体験学習法そのものの考え方がまさにそこにあると思っています。自分と向き合うことによって自分がどうありたいのかということを見出していく。

僕にとってのBeingはきっとBeingを問い続けていることがBeing。これでいいのかなとか、これは本当に目的に合っていることなのかなと問い続けているということでしかないのかなと思います。

「仕事の上では個人的な好みでこう在りたい」と思うことはあまりないですね。その組織の目的のためにやっているから、ありたいとすれば目的に対して、真摯に向き合えているかどうかいうことを考えています。

職業や就職先も自己選択したのだから結果的には、自分がどう在りたいのかと同じだと思いますが・・・。あまり、仕事と個人を分けて考えたことがないのかも知れません。やりたいことをやって来た、やりたいことをやらせてもらって来たのかも知れません。

ーー目的というのをすごく大切にしているのは、もともとどういうところから生まれたのですか?

田中:はっきりしてきたのはコンサルの仕事を始めたときですね。目的、コンセプトを明確にすることや、企業の理念をちゃんと明確にしたうえでないと決められないということをトレーニングとして受けました。何のためにやっているのか、どういう組織を作るのかという目的がないのに組織作りはできないです。

ーー 一緒に働く人たちに伝えていくために大事にしていることや、努力してることはありますか。

田中:スタッフミーティングでねらいをちゃんと全員が共有することをかなり意識していますし、そのためにディレクターをやる人間には言葉の能力をかなり持ってもらわなければ無理だと思っています。

ちゃんと端的に伝えられるコンセプチュアルスキルや人にものを伝える能力が必要です。そういうスキルや能力をスタッフ全員が持っていなければ、現場で例えば子どもが困ったときに、あるスタッフは手を出すし、あるスタッフは見守るしと言うようなことが起きてしまいます。

そのねらいからしたらここは黙って待たなければいけない、ということを誰もが同じような感覚で観てもらわなければ困るんです。その決断がパーソナリティに寄ってしまう。そうなったらプログラムのねらいに応じた運営ができていないということになってしまいます。

ーー具体的にそのトレーニングは?

田中:OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)がメインですけど、スタッフミーティングでやたらツッコミますよ。

「それ意味わかんない」とか「それこう捉えていいの?」とか。だから初期のOBJでいうと1つのコースのディレクターをやるまでにプログラムミーティングで5〜6回落とされます。

例えば「セルフディスカバリー(プログラム名)」の5日間のディレクターをやるという直前まで来ていると、5日間のプログラムを自分で書いて、プログラムミーティングに提出します。僕や常勤スタッフに、ねらいや活動を説明します。

そこで「1日目のこれをやっているときにこんな状況が生まれたらどう対応するの?」と聞かれてぱっと答えられなかったら、作り直しです。ねらいが決まっているのだから自動的に決まらなければおかしいじゃないですか。

例えば「その活動のときにこんな状況になったらどう対応するの?」と聞いたときに、「そこは黙って見守らないとねらいとちょっとずれてきますから、一切声をかけないです」とか、「この段階では少し自分のことをオープンに言えるようになるためのところなので、声かけしながらこういう風にやりますよ」と言えれば、なるほどねらいにそう対応するのだとわかります。

だからいろいろな視点からヒアリングをします。

ーー裕幸さんは厳しい人だと思われているのですか?

田中:あー、そうですね、めちゃくちゃそう思われていたと思います。恨んでる人もいっぱいます、きっと(笑)。

でも僕の能力からするとそういうやり方でしか伝えられないのかもしれない。もっと柔らかく伝えられたらいいのかなとも思うけど…。もっともっとわかりやすく伝えられればいいなとも思うし、でも…追い込まれないと見えてこないところというのもあるなと思います。表面的な調和はいくらでもできるけれど。

OBのプログラムはハードなことをやるとリアリティがあって自分が出やすいから自分と向き合いやすくなる。それと一緒でそれを僕らが日常の生活の中でやってるだけなんですね。

参加者には挑戦やストレッチすることを求めていて、OBJのスタッフが「そこは苦手ですからやりません」と言ったら日常生活で自分が挑戦していないのに、参加者にはそれを求めていて変じゃないですか。だからスタッフにはかなり厳しいと思います。

ーー裕幸さんにとってストレッチすること、挑戦するとはどんなことですか。

田中:ストレッチと思うことは今までに全くないかなぁ。目的のために必要なことをやればいいじゃないという方程式しかないです。

必要か必要ではないかというジャッジはするかもしれないけれど、それを苦手か好きか嫌いかでジャッジしていることはないです。

敵もいっぱい作りますが、賛同してくれる人もいます。敵も味方も多いのもこれまでの生き方だし仕方がないかなと。味方ばっかりということもないだろうしなと思います。

みんなに批判されないような言い方、喋り方、行動の仕方というのもあるけれど、僕は批判されるためにやっているつもりはなくて、「僕はこう考えます」と明確にしない以上は考えていることを実行できないと思っています。それに対する評価はいくらでもしてもらえばいいし、それが「ノー」ならいくらでも責任を取りますよ。だけど何も言わずにほどほどということにはすごく抵抗感があるかもしれない。

僕らのやっているOBJのトレーニングはそういうことに対して、本当にそれでいいんですかと問いかけをしているところもいっぱいあります。

自分が選択したこと、選択しないことを選択したなら文句を言わない。それが自己決定ですよね。中高生を指導していると、ホームルームで何も言わない人が文化祭で、「だから俺、嫌だったんだよ」と言うようなことがあります。

何も言わないという選択をしたなら、集団の決定には従ってもらわなくては頑張っている人が困るんです。それは選挙に行かずに政治に文句言ってるのと同じかな…。

これからの日本

ーーどうして野外や冒険をこの日本の中で、公益性のあるものとして広めていきたいと思っているのですか?

田中:日本という国が魅力的な国になるといいなというところが根っこかな。OBJができたとき僕らの問題意識は日本の国にはアイデンティティがないということでした。

国のアイデンティティを作るためにはコーポレートアイデンティティのように、セルフアイデンティティが必要なんだと考えたんです。

日本人一人ひとりがイエス・ノーをちゃんと言える人間になっていかないと。自分のアイデンティティを持って、地域で起こっている問題に対して関わっていく。それが「実行型市民の育成」ということなんです。それをやらない限りは良くならない。

「実行型市民」というのはかなり自分にフィットした理念です。それをちゃんと日本の中に作っていけたらいいなと思っています。

そのために教育というアプローチをしようとしています。セルフアイデンティティを築くためにはちゃんと自分と向き合う時間が必要なんです。

幼児期の体験みたいなものや価値みたいなものも、もっと伝えていかないとと思っています。

北欧の環境教育のプログラムを調べさせてもらっていたときに、何のためにやってるんですかと保育士さんに聞くと、「デモクラシーです」と言えてしまう。民主主義をちゃんと成熟させていくためには小さい頃から議論ができることがすごく大事ですよねと。そう思って保育士が環境教育プログラムを提供できるのがすごいなぁと思いました。

森に行く途中に野ネズミが死んでいて、なんで死んだのかと幼児が議論し始めて。墓を作るのか、生態系の中で何か食べるために放って置くのか、その議論を幼児がしていて、それを保育士が見守れる。それを「何故?」と聞かれたときに、「デモクラシーですから」と言える能力というがすごいですよ。

そういう意味では私たちが目指していることは、本当に大きく言えばデモクラシーなのかもしれない。民主主義は一人ひとりがジャッジできる力をつけていかないと。教育はたぶんそのためにあるんじゃないかと思うんです。受験のためではなくて。そのためにちゃんと教育を受ける。それをしっかり持って成人していければもっと社会に対する問題意識が育つと思います。

いろいろな意味の教育がちゃんと見直されないといけませんね。そのひとつの切り口で言うと、僕たちのやっていることは、人間力のためのプログラムとして意味があると思うし、いろいろな切り口の教育がもっともっと変わらなければいけないと思います。面白いですし、楽しみですね。

(インタビュー:寺中有希 2018.1.15)

プロフィール:

田中 裕幸(たなか ゆうこう)

成蹊大学経済学部経営学科卒業。ゼネコン勤務、国会議員秘書、コンサルタント勤務を経て
OBJ長野校第1回のスタンダードコース参加者。その後、OBJスタッフとして7年間勤務、
独立アウトドアエデュケーションセンター設立、民間公募に応じ国立淡路青少年交流の家
所長として3年間勤務。
2015年より公益財団法人日本アウトワード・バウド協会 関西校設立準備室室長、
2016年4月よりアウトワードバウンド教育事業部長(兼関西校デイレクター)。
2017年4月より協会理事を兼ね現在に至る。

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